近年、高精度な造形が可能な光造形タイプの3Dプリンターが低価格化に伴って急速に普及しています。これに伴って、プラモデルは3Dプリンターによって駆逐されるという意見が見られるようになりました。
果たして、本当にプラモデルは3Dプリンターにとって代わられて駆逐される存在なのでしょうか?
結論からいうと、当面の間、3Dプリンターがプラモデルにとってかわることはないと言えます。
何故、そう断言できるかを以下に説明していきます。
1. プラモデルの成り立ち
2. プラモデルの製造方法(射出成型の特徴と利点)
3. 射出成型と3Dプリンターの比較
4. 3Dプリンターの存在価値
5. おわりに
1. プラモデルの成り立ち
プラモデルはプラスチックモデルの略称です。むしろ、模型の1つのジャンルといった方がよいかと言えます。読者の中には模型=プラモデルの認識を持っている方が多いと思います。プラモデルは名前の通りプラスチックでできた模型のことです。プラスチックの普及前は木でできた模型が当たり前でした。木の模型は、加工が難しく細かい表現が苦手です。さらに、大量生産が難しいという問題があります。そのため、プラスチックが普及する前は、木の模型は流通量も少なく、現在のように模型を手軽に楽しむというものではなかったと考えられます。
この点、プラスチックで成形されたプラモデルは、射出成型という方法で大量に生産できるため、市場に大量供給でき、その結果、ある程度価格を引き下げることができるので、誰もが手軽に入手でき、楽しめる娯楽品として発達しました。
2. プラモデルの製造方法
(射出成型の特徴と利点)
読者の多くはプラモデルを作ったことがあると思います。
ランナーと呼ばれる樹脂製の枠の中に部品が付いていて、部品を1つずつ切り離して嵌め合わせたり(スナップフィット)、接着剤で接着したりして組み立てていると思います。
では、プラモデルは皆さんの手元に来る前、どうやって作っているのでしょうか?
プラモデルは射出成型という方法で作られています。一部の人は誤解しているようですがプレス成型ではないです。
まず、金型というものを準備します。金属の塊にプラモデルの部品の形状を彫り込んだものです。部品の周りのランナーという枠上の部材は、樹脂の通り道でもあります。
ちなみにこの金型は私の専門である型彫放電加工という加工技術で作られています。ご興味のある方は、Twitterで(有)ファインモールド技術グループさんのツイートをご覧になれば、実際の金型加工の様子や金型の写真、プラモデルを製造する工程を見ることが出来ます。
基本的に金型は、雄型と雌型の一対作成します。
金型が完成したら、次に射出成型機という工作機械を使って実際に金型に溶けた樹脂を流してプラモデルを成形します。
ちなみに、この射出成型機ですが、日本の射出成型機の礎を築いたIsoma射出成型機は第2次世界大戦中になんとドイツのUボートではるばるドイツから運ばれてきたものです。
雌型と雄型の金型を対向するように射出成型機に取り付けます。そして、雄型と雌型の金型をぴったりと合うように機械の力で押し付けます。この状態で溶けた樹脂材料を圧力を掛けて勢いよく型の中に射出します。そうすると、型の中が溶けた樹脂で満たされます。
型の中の樹脂が冷えて固まったら、くっついていた雄型と雌型を離して、型の中で固まった樹脂の塊(射出成型品)を取り出します。これがプラモデルの部品になります。
下の動画は実際に射出成型機で射出成型している様子の動画です。
(動画は、神戸市の伊福精密株式会社様のご協力です。伊福精密様では金属加工だけでなく、金属3Dプリンターを使用して金型を作成し、っマスクホルダーをその金型で射出成型して量産しています。新しいものづくりの形です。)
3. 射出成型と3Dプリンターの比較
射出成型
精度 金型の仕上がり精度及び樹脂の冷却時における収縮に依存
生産性 高い 1時間あたりの生産量は数百~1000個程度
3Dプリンター
精度 1層ずつ積層するので積層高さにもよるが非常に高精度
生産性 悪い 1個の造形物を作るのに数時間~数十時間必要
まず、生産性の観点から比較します。
射出成型は射出成型機で作成されます。上の動画では大体10秒1サイクルで2個の製品が生産されています。ということは、1分間で12個、1時間では720個生産できます。
逆に3Dプリンターでは、早ければ5、6時間、長ければ30時間くらいかかります。
ちなみに、上の動画の射出成型機で成形しているのは、右の写真のマスクインサイドホルダーというものです。
神戸の伊福精密株式会社様が試作を3Dプリンターで作り、それをもとに自社の金属3Dプリンターで金型を作成し、射出成型まで一貫して自社で行っている製品です。ちなみに製品化までコロナ自粛下で2、3か月で試作から販売までこぎつけています。製品開発における3Dプリンターの強みを生かしています。
話がずれました。このマスクインサイドホルダーを3Dプリンターで作った場合、大体7~8時間程度はかかると思います。また、FDMと光造形でも造形速度の違いや一度に生産できる数も異なります。
そこで過程の条件として、光造形で一度に2個製造するとして8時間かかったとします。
その間に、射出成型では、720個×8時間で5760個生産できます。
この射出成型機のお値段が大体1500万円くらいとすると、今は10万円もあればそれなりの光造形機を購入できます。とすると、同じ値段で150台導入できるわけです。
150台同時に2個ずつ生産しても生産できるのは300個です。
1個当たりの単価をざっくりと考えます。
射出成型機の方は、機械代1500万円に金型代ざっくり200万円を足した1700万円を生産数量5760個で割ります。1個当たり2951円になります。(実際は人件費とかも入りますが、減価償却等を考慮してもっと安くなります。)
一方、3Dプリンターの方はプリンターの台数が増えても1台あたりの生産量は2個で変わらないので、3Dプリンターの代金10万円を生産数の2個で割ります。1個当たり50000円になります。
実際、上記の計算はかなり乱暴な計算です。実際には機械の減価償却や機械寿命までの生産数等を考慮しますが、ここまで生産能力が違い過ぎると製品価格にその差が反映されます。
したがって、射出成型品であるプラモデルの方が大量生産に適している以上、安価にかつ安定的に消費者の元に届けられます。
では、次に精度や模型としての実物の再現性について考えます。
右の図を見てください。きのこのような形をしています。この図は側面を表した図なので実際はきのこのような形をした円筒状の部品です。
船によく設けられている通風塔というものです。船の中の空気を外に排気する役目をおうものです。
船のプラモデルでは、この通風塔は大体省略されています。
どうしてでしょうか?
右の図のようにこの通風塔の形状に沿った金型を作ると通風塔のオーバーハング部分にまで金型が入り込むことになり、雌型が製品部分から抜けなくなるからです。つまり、金型を使った射出成型ではこのような形状はほぼ作れません(例外としてスライド金型というものがありますが、高価です。)
さらに実物の大きさは大きくても直径が1.8m程度です。船の模型で良く使用される縮尺1/700では、精々2.5mm程度です。こんなところまで再現して金型代を高価にしたらプラモデルの単価が一気に跳ね上がります。
では、3Dプリンターではどうでしょうか?
3Dプリンターの場合、1層ずつ積層していくので、オーバーハング部分であっても適切にサポートを配置すれば出力できます。
したがって、形状の再現性という点では射出成型よりも3Dプリンターの方に軍配があがります。
では、形状再現性のよい3Dプリンターがすべてのプラモデルよりも優れているのでしょうか?
まず、価格です。先ほどの価格比較の例を見ても通風塔は省略されているもののある程度満足いく精度のプラモデルが3000円で売っているのに対して、通風塔も再現された3Dプリンターの方は1個50000円です。さて、貴方ならどちらを買いますか?
ちなみに、船のプラモデルであれば、今は金属製のアップグレードパーツが色々な企業から出ています。通風塔の金属パーツならAmazonで700円くらいで売っています。プラモデルにアップグレードパーツを付けても約4000円です。3Dプリンターとでは価格面では勝負になりません。よほどのもの好きでなければ、プラモデルの方を買うでしょう。
確かに射出成型のプラモデルは金型や成形の限界上、必ずしも実物に忠実に再現されているわけではありません。でも8割ないし9割まで再現されていれば、そこからはモデラーの腕の見せ所ではないでしょうか?
私は模型の楽しみって作る前、作っている途中、作った後に人それぞれの楽しみがあると考えています。作る技量のない人は、完成品モデルを購入して集めるのもまた一つの楽しみ方だと思います。逆に自分で設計図を引いてプラ板でフルスクラッチや足りない部分だけ足すスクラッチも楽しみ方だと考えます。その点でいけば、プラモデルってなんて便利な存在だろうと思います。1から100まで自分でやらなくても、80~90程度は形にしてくれて必要なところだけ自分好みでやればいいだけなのですから。
3Dプリンター絡みでプラモデルの利点を説くと必ず現れるのがデーター販売すればよいとの意見です。
これも、まず大前提として3Dプリンターを所有していることと、自分で3Dプリンターで造形物を出力できるスキルを持っていることが必要です。
一般のモデラーでどれくらい3Dプリンターを持っていて、さらにデーターを問題なく造形物として出力できるレベルの人がいるでしょうか?
ガンプラを最低限パチ組で作れるモデラーが仮に50万人くらいいるとしましょう。その中で3Dプリンターを所有している人数は?光造形機だと多くても数千人程度です。さらに問題なく使いこなせているのは大体2/3程度とすると1000~1500人程度の需要になります。
50万人の市場と、1500人程度の市場、どちらが商売になりますか?
明らかにプラモデルメーカーなら50万人の市場を取るでしょう。金型作って、射出成型機を設備投資しても資金回収できるでしょうから。
4. 3Dプリンターの存在価値
では、3Dプリンターの存在価値はないのかというとあります。プラモデルは大量生産を前提にしている以上、大量にうれないものは作らないということです。例えば、ガンプラを例にすると、今でこそプラモデルになっていないものがないくらいバリエーションが非常に豊富です。例外として何年たってもでないMGゾック(もう毎年のようにネタ扱いされています)があります。しかし、ふた昔ぐらい前(例えば、80年代から2000年頃まで)は番組の終盤で登場したモビルスーツ等は製品化されないことが多かったです。番組が終わって露出がへり、プラモデルが売れなくなるので、金型代の元が取れないからです。
戦艦や戦闘機にしても、花形の戦艦等は模型に頻繁になるでしょう。戦艦大和なんて何社から何回リニューアルされて販売されていることか。それだけ売れるということです。逆に全く製品化されないものもあります。あまりにマイナー過ぎて存在すら一般の人が知らないものは製品化しても売れないからメーカーとしては金型を作ってまでプラモデル化しないのです。
でも、世の中にはそういった製品化されないマイナーな存在を欲する人たちもいます。そういう場面では少数生産に適した3Dプリンターが適しています。世界で年間5個しか売れないものでも、3Dプリンターなら製品化できるわけです。
5. おわりに
3Dプリンターはプラモデルを駆逐する存在ではありません。3Dプリンターはプラモデルではカバーしきれない部分をカバーする存在だと思います。
ちなみに、3Dプリンターが完全に一般家庭に受け入れられるには、データー購入後、造形開始~造形終了、洗浄、二次硬化まで全自動でやってくれる夢のようなプリンターが出来ない限り無理でしょう。理由として材料のレジンが化学物質であり、健康被害を起こすものであることから安全性が確立しないかぎり、一般の人が容易にかつ安全に使えるものにならないからです。パチ組のライトユーザーでも使えるようにするには、そこまでしないと無理だと考えます。極端かもしれませんが、3Dプリンターを使いこなせず、レジンによる健康被害が出まくりで、3Dプリンター自体規制される虞もあります。それを考えると、パーツを切り離して説明書に沿ってはめ込んでいくだけで、それなりの作品が出来てしまうバンダイの技術力が凄すぎると言えます。逆に言うと、バンダイはコアなファン層をがっちりつかみつつ、ライトユーザー層を取り込むために自社の技術を高めてきたと言えます。正直、凄いとしか言えないです。
3Dプリンターによる製品は、そこそこの技量を持った人が3Dプリンターを適切に運用し、きちんと製品(出力品)を処理(洗浄、二次硬化)して販売することでプラモデルメーカーが対応しきれないラインナップの穴を埋める存在として今後もモデラーにとっては重要な役割を果たしていくものと考えます。